「…………」

 起きてるんだから何か言ってくれ。
 こういうときに忍びであることは無駄に能力が高いことだと思い知らされる。相手の気配に聡いことは時に残酷だから。

 意を決してイルカは声をかけた。

「えーと…カカシ、先生。おはようございます」
「おはようございます…」

 片手で両の目を覆い、仰向けになっているその姿まで様になっていると思うのは惚れた欲目からか。しかしそれは「後悔している」と体現しているようにしかとれない、とイルカは泣きたくなった。

 なんで昨日に限って。
 少し酒を過ごしただけだというのに。



 カカシと寝た。



 誘ったのも何もかも自分から、だ。
 合意ではあったと思う。思うがカカシは流されたのかもしれない。
 いや、しばし唖然としながらも結局最後は強引に押し倒されたのだし、だから――

 ふいに唇にやわらかい感触を感じ、イルカは思考を引き戻された。
 目の前に、色違いの双眸。

 キス。

 表情にはしないで戸惑う中、思い返すのは最後の一回、その前に施されたキスと同じだということ。

「一応ね。キスで始まってキスで終わるセックスが信条なもので」

 その言葉に泣きたくなる。なんて伊達男だ。
 昨日は勢いだっただろうに、それでもイルカには十分なのに。そんな酷く、そして優しいことを言うだなんて。
 優しいと感じること自体カカシに溺れている、と言うことと同意なのだろうけれど。
 ああ、何だってこんな男に惚れたというのか。

「…俺、男抱いたの初めてでした」
「そうみたいですね」

 そんなことは所作でわかる。
 付き合いの中で知ったカカシは真摯で、戦場の閨も慰安の女しか抱いたことがないらしかった。
 熱に縋らずとも駆けることの出来る精神は果たして強いのかどうか、イルカに答えることは出来ないけれど。

「ねぇ、イルカせ」
「責任をとれとかいいませんよ?女じゃあるまいし、俺は別に初めてじゃないし。…酒が過ぎましたね、すみません」

 有無を言わさぬ口調、カカシはひたりとイルカを見ている。

「シャワー浴びてきてください、廊下出て右手です。俺は朝飯作りますんで」

 口早に言ってシーツを腰に巻き付け、部屋を出る。
 どろり、と内股を伝う感触に身震いした。昨晩の己は避妊具をつけさせる余裕すらなかったのか。熱が通り過ぎた今では滑稽なばかりだけど。
 カカシに気をつかわせるまいとさりげなくシーツで拭き取る。どうせ洗うのだから問題はない。

 部屋を出る瞬間に、背にカカシの声がかかった。

「それじゃ風呂借りますけど。…謝らないでくださいよ」

 無視して台所まで進み、風呂場から水音が聞こえてくるのを待ってからずるずると壁にもたれ座り込んだ。

「…う……ぅっ」

 泣くな。
 泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな。
 今更。そう、何で今更。
 こんなことぐらいで。

「ばかやろ…」

 それはカカシにか、自分にか。
 目を腫らすわけにはいかない、だから泣けない。
 泣けば何かに負けた気がする。
 ちっぽけな矜持がそれを許すはずもなく。
 でも。

「…好きなのになぁ…」

 願うならば昨日の夕方、呑みに誘われた時刻まで戻りたい。
 いや。

 永遠に、あの熱を共有した時に封じられるのならばよかった。世迷い言に過ぎなくとも、心から思う。お互いのこころに通うものはなくとも、果てる瞬間感じたのは確かに幸福だったのだ。
 目覚めたくなかった。

「好きです…」

 考えられる幸せはこの先きっと手に入らない。
 己を呪うことしかできないのに。


 纏う布から感じるカカシの匂い、また反応しそうな自分に反吐が出る。
 
 どろどろと感触、心、何もかも。
 全てが濁っているようで。

 湧き出る自分の汚い部分に酔い、ただ、水が欲しいと思った。





 











最初ギャグのはずだったんですが。

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